シリーズ「南極観測隊の生活を支える技術たち」第13回

内陸氷床上基地の高床式建物とその維持

-その2 2000年以降の新しい考え方-

国立極地研究所極地工学研究グループ 石沢 賢二

1.はじめに

 前回は、氷床上に建設した建物とスノードリフトとの壮絶な闘いについて説明しました。今回は、2000年以降に建てられた高床式建物について詳しく説明します。その一部は、このシリーズの第5回「雪の吹き溜まりから建物を守る」でも紹介しました。建物を雪面上部に維持するには、二つの方法があります。一つは、建物を支える柱にあらかじめ工夫を施しておくやりかたです。最も単純な方法は、雪面下に埋もれた基礎をそのまま使って、柱を継ぎ足していくことです。もう一つは、埋まりそうになったら、新たな高まりの雪面に建物ごと移動する方法です。これらを説明する前に、グリーンランド氷床にかつて建設した高床式建物について見てみましょう。

1.米国の通信・偵察基地 DYE2、DYE3

1950年代に米国は、グリーンランドの氷床に重量3,600トンもある高床式の巨大な通信・偵察基地を建設しました。それは下部トラスに連結された8本の柱の上に建てたもので、基礎は雪中深くに埋めました。上部構造物の荷重の偏りや基礎を支える雪の力学的強度は、場所により異なるので、不同沈下は必ず発生します。そのためトラスのレベルを調整する工夫が施されていました。また、床を雪面から少なくとも4.5mの高さに保つため、油圧ジャッキを用いて柱を持ち上げる機能も付け、柱も継ぎ足せるようになっています。DYE2とDYE3(図1a)は、それらの機能を使って合計で32m、41mそれぞれ持ち上げられました。 しかし、柱には大きなストレスがかかり、DYE2は、1988年、DYE3(図1b)は1991年に維持することを断念しました(文献1)。

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図1a 埋没前のDYE3
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図1b 放棄してから16年後のDYE3(2006年撮影)

3.日本隊が建設したジャッキアップできる高床式建物

 この施設は、第47次と48次隊の日独航空機観測のために建設したものです。昭和基地から直線で約18km離れた大陸上のS17地点に2005/06年のシーズンに設置しました。食堂棟と発電棟のプレハブ2棟から成っています。建設の概要を図2①~⑥で説明します。

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図2 S17航空拠点に設置した高床式建物の建設手順 ①整地
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図2 ②不同沈下防止マットの敷設
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図2 ③基礎板の設置
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図2 ④鉄骨の組み立て
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図2 ⑤パネルの組み立て
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図2 ⑥完成

 まず、①ロータリー除雪車で表面の柔らかい雪を削り取り、できるだけ堅い面を出します。といっても雪の密度は400~500kg/m3ほどです。②不同沈下防止マットを敷きます。このマットは延びの少ない合成繊維でできた柔らかいもので、ロール状で梱包されています。これは、偏荷重がかかっても不同沈下を少なくするために敷きます。③1m角の基礎板を数か所に設置します。④基礎のレベルを調整して鉄骨を組み立てます。⑤断熱材パネルを組み立てます。パネルに組み込まれているコネクターで緊結します。⑥完成です。この構造物は、ジャッキアップできるので、建設時は床面を最も低い位置にセットしておきます。
 6本の柱には、ところどころにピンを差し込む穴があり、床のH鋼材を2本のピンで留めてあります(図3)。床を持ち上げるには、4本の柱にレバーホイストを設置して、4人がかけ声をかけながらレバーホイストを巻きあげ、ゆっくり床を引き上げ、所定の位置にきたら、ピンを柱に差し込み、このピンの上に床を載せてピン脱落防止プレートのねじを締め込んで終了です。小屋を使用するときは、床をさげ、長期間使用しないときは、できるだけ高い位置に保ち、風を逃がしてドリフトの形成を抑止します。

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図3 ジャッキアップ方式の構造

 図4は、約10年経過した2017年の状態で、建物の周囲にはドリフトが溜まり半分埋没しています。建物自体はジャッキアップできても、周囲に雪が付くため、広範囲に除雪しない限り、多雪地帯では使用に限度があります。これを避けるには、基礎自体を新たな雪面に移し替える以外にありません。それについては別の章で説明します。

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図4 建設後12年半経過した埋没した建物(2017年8月28日撮影)

4.ドイツのノイマイヤーⅢ基地

 南極クイーンモードランド北部のAtka湾Ekström棚氷上に1981/82のシーズンに作ったのが最初の基地でした。しかし、年間の積雪量が1mもあるため、建物の埋没は避けられず、1989年の写真では飛行機の格納庫などは屋根まで埋まってしまいました(図5)。他の施設も完全に埋没し、ベンチレーターだけが雪面に顔を出しています。1992年にはノイマイヤーⅡ基地に移動しました。この場所の棚氷は、毎年海に向かって150mも移動しているため、いずれは海に没することになり、定期的な建て替えが必要となります。

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図5 1989年のGeorg von Neumayer 基地の空中写真。手前は埋没寸前の航空機格納庫(文献2)。

 雪の圧力から逃れるため、コルゲートチューブ(波状鉄板でできた円筒管)の中に建物や施設を作り、ガレージとは雪洞で繋ぎ、斜坑(ramp)で雪面と出入りする方式でした(図6)。

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図6 ノマイヤーⅠ基地(上)とノイマイヤーⅡ基地(下)の配置図。水色はコルゲートチーブ、緑は雪洞、黄色はガレージ。

 しかし、コルゲートチューブでも雪の圧力には勝てず、破損してしまいました(図7)。

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図7 雪の圧力で変形・破損したノイマイヤーⅠ基地の内部(2000年)。基地放棄後8年が経過している。

 新しいノイマイヤーⅢ(図8)は、雪面下に埋まらない基地として設計されました。建設に2シーズンをかけ、2009年2月から越冬隊が使用開始しました。建物の大きさは、68m×24m×15mと大きなもので、ジャッキアップができる高床式建物です。しかし、厚さ280mの棚氷は年間150mの速度で海に向かって動いているため、30年で4.5kmも移動してしまいます。そのため、基地の寿命は25~30年と見積もられています。

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図8 ノイマイヤーⅢ基地の雪面上の建物。左の突起物は、雪面下にあるガレージ兼ジャッキアップ室との斜坑通路の蓋。

 雪面下には、大きな空間(76m×26m×8m)があり、建物を支える16本の柱の基礎があります。雪上車やスノーモビルのガレージも兼ねています。雪面とは斜坑雪洞で連結しています。建物の床は、雪面から6m離れ、屋根は21mにもなります。建物の総重量は2,600トン、これをV型バイポットの油圧シリンダーを装備した16本の柱で支えます。ネジが付いた中央の支柱は、油圧シリンダーが壊れた時のためのバックアップ用です(図9)。

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図9 ノイマイヤーⅢ基地の断面。トレンチ内部に16本の柱がある。赤の2本がV型油圧シリンダー、中央(青)はネギ付きのバックアップ支柱(文献3)。

 図10にジャッキアップの手順を示します。16本の油圧ジャッキをいっぱいまで伸ばします。その後、一本づつ作業をします。ジャッキを縮め、その下に新しい雪を押し込んでジャッキを戻します。この作業をすべてのジャッキについて順番に行います。当初1.5mの上昇に8~10日かかると予想しましたが、基礎板の下に雪入れに大きな労力が必要で、投入した雪の量は2,500m3にも達しました。

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図10 ジャッキアップの手順

 トレンチ上部のトラス部左右にも油圧ジャックが装備されており、建物に作用する横風を雪の壁で抑えています(図11)。建物をベースジャッキで持ち上げるときは、このジャッキは雪壁から離し、作業が終わると元に戻し、固定します。すべての各々のジャッキの状態は、現場とドイツ本国でモニターされ、マニュアルでも自動でもコントロールすることが可能です。2009/10年のシーズンは、積雪が多く、3回のジャッキアップを行ないました。

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図11 トレンチ上部トラスに装備した油圧ジャッキ。建物にかかる横風を雪壁で受ける。

5.英国ハリーⅥ基地

 この基地も棚氷の上にあります。前回の記事でスノードリフトとの壮絶な闘いの歴史的経過を詳しく述べました。現在は、ハリーⅥ基地となっています。しかし、基地周囲に海からのクラックが伸びてきたため、2017年から越冬を中止しました。図12に基地と周辺のクラックの状態を示します。南から北に入った亀裂1(chasm1)の伸びが2012年頃から大きくなりました。図の左にその進捗状況が示してあります。2016年10月には、基地から6kmの位置に迫ったため、基地全体を東に移動しました。そう、この基地は建物の下にスキーを付けてトラクターで移動できるように設計されています。23km移動した位置で2017年から越冬する予定でした。ところが、基地の北側に東西に走る別のクラックが図の位置まで伸びてきたのです。越冬中は、船やヘリコプターが無いため、棚氷の一部が分離し大きな氷山になると、越冬隊員はここに取り残される危険があり、越冬は急遽中止になりました。2018年も状況は変わらず、越冬を予定していた14人は別の基地で越冬するか本国に帰りました。ハリーⅥ基地は、これまでの常識を破って、移動できる基地として2012年から稼働しましたが、その性能を十分発揮できないまま夏だけの基地となっています。
 この基地は、ノイマイヤーⅢ基地と違い、棚氷の流動にも対処できるため、建物自体が壊れない限り、寿命というものがありません。この発想は、ハリーV基地で作った動くガレージにありました。16m☓9m☓6m、重量18トンのガレージを現地で組み立て、1993年から使いました。ドアの大きさは5m☓5mで、重量15トンまでのブルドーザなどが出入りできます。

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図12 ハリーⅥ基地の移動と周辺のクラック。左図は、Chasm1(亀裂1)の拡大図。HalleyⅥNEW SITEの北に別のクラックが伸び、2017年1月10日には図の位置に達した(BAS提供)。

 ガレージの下部には、2本のスキッドを付け、トラクター2台でけん引でき、新しい雪面に移動できます(図13)。移動する前に、エアーバッグを膨らまし、雪面からスキッドを切り離します(文献4)。これはジャッキアップなどの面倒な作業がいらない、単純だが画期的な方法でした。

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図13 ハリーⅤ基地の移動式ガレージ

 ハリーⅤ基地の他の建物は、ジャッキアップ可能な高床式でしたが、基礎板は固定式で柱だけが継ぎ足されてゆくため、現在、基礎は雪面下30mに埋まっています。柱は、捻じれて垂直を保てず放棄しました。
 ハリーⅥでは、埋まりかけたら周囲の雪を取り除き、新しい雪面に移動できるため、棚氷の流動で海に没することもありません。さらに、基地観測が終了した時点で、完全に撤去でき、環境保全にも大きなメリットがあります。

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図14 ハリーⅥ基地の建物モジュール

図14の中央の赤いモジュールは、食堂などの共用リビングスペースで、前後に青色の寝室、発電、観測モジュールなどが連結されています。建物の脚部や形状はできるだけ角を削って空気力学的にスノードリフトが付かない工夫が施され、床下にも大型トラクターが入れるようなスペースを確保しました。
図15は、埋まったモジュールを、現状の雪面位置まで持ち上げる手順を示したものです(文献3)。青いモジュールにはスキーのついた4本の脚があります。これには電動式の油圧ジャッキが組み込まれ、上下に伸縮できます。その脚を一本づつ持ち上げてスキーの下に雪を敷き詰め、トラクターで移動できるように雪面を調整します。

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図15 移動時のモジュールの雪面レベルの調整
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図16 ハリーⅥ基地のモジュールの移動

 移動後は、各モジュールを連結するだけでなく、配管や電線を繋ぐ作業もあり、半端な労力ではありません。それでも雪面下に埋没し数年で基地を放棄する過去のやりかたに比べれば画期的な方法です(図16)。ノイマイヤーⅢ基地のジャッキアップの方法と建物移動を組み合わせた技術です。

6.コンコルディア基地

 ドームCという南極氷床の高まりのひとつにイタリアとフランスが共同で作った越冬基地です(図17)。2005年から稼働しています。二つの2階建てとスキーで移動できる発電機が入った平屋の建物があります。2階建てのモジュールは、雪面から床まで4mの高さがあり、それぞれ6本の柱で支えられています。基礎板の直径は6m、50cmの厚さがある大きなもので、その下の雪は3mも掘り下げ、その後踏み固めて埋め戻したものです。モジュール室内の柱に油圧ジャッキを組み込み、ジャッキアップ時には、ノイマイヤーⅢ基地のように、基礎板の下に雪を押し込んで1本づつ持ち上げます。ただ、この場所は、年間の積雪量が2~10cmで、年平均風速は2.8m/sと穏やかなため、スノードリフトの影響は少なく、これまでジャッキアップの経験はありません。ジャッキは、一度に35cm持ち上げる能力があります(文献1)。

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図17 コンコルディア基地の2階建てモジュール(2001/2002シーズン、IPEV提供)

7.アムンセン・スコット南極点基地

 1975年から35年間使用し2009年10月に解体した直径50m、高さ16mのアルミ製ドームに代わって、2階建て高床式建物が、2010年3月から本格的に使用されました(図18)。906トンの建設資材は、マクマード基地から大型輸送機で空輸しました。2棟のコの字型の建物は、合計36本の柱で支えられています。25年間の使用寿命のうち、2回のジャッキアアップを想定し、1回目は、使用後15年経過した時としているので、まだ経験がありません。各柱に100トンのジャッキと一人の人員を配置し、30日間かけて行う計画です。ただ、不同沈下が起きた時は、最大5cmまではシム(薄い板)を挿入してレベルを調整することにしています(文献1)。

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図18 アムンセン・スコット基地の高床式建物。コの字型の2棟より成る(NSF提供)。

8.終わりに

 南極氷床上基地の高床式建物についてレビューしてみて、改めて気づくのは、スノードリフトとの壮絶な闘いは避けられないという事実です。特に、沿岸棚氷上の基地は、年間1mにも達する積雪、ブリザードの強風、氷床流動に伴う建物の歪みなど厳しい条件があります。それに比べ、内陸奥地は、気温は-80℃に下がり温度環境は厳しいものの、弱風で、氷床流動の影響もありません。日本の観測隊でも今後、沿岸や内陸氷床に何らかの構造物を設置して、観測・設営行動を行うと思います。その時に、どのような構造物を計画するのか?ここに取り上げた各国の試行錯誤の歴史は、きっと大きな参考になると思います。

文献1 Jason Weale, Lynette Barna, Wayne Tobiasson, and Jennifer Mercer (2014): Elevated Building Lift Systems on Permanent Snowfields, A Report on the Elevated Building Lift Systems In Polar Environments Workshop, ERDC/CRREL SR-14-2
文献2 Eberhard Kohlberg and Jürgen Janneck (2006): Georg von Neumayer Station(GvN) and Neumayer Station Ⅱ(NM-Ⅱ) German Research  Stations on Ekström Ice Shelf, Antarctica, Polarforschung 76(1-2),47-57
文献3 Gernandt, H., D. Enss, J. Janneck, and H. Meyer (2010): System and Lift Procedure at NeumeyerⅢ. Presented at the Elevated Building Lift Systems in Polar Environments Workshop, 15-16 September, Arlington, VA. Washington,DC: National Science Foundation, Office of Polar Programs.
文献4 http://www.atkinsglobal.co.uk/~/media/Files/A/Atkins-UK/Attachments/services/MD_%20Antarctic_Garage

石沢 賢二(いしざわ けんじ)プロフィール

国立極地研究所極地工学研究グループ技術スタッフ。同研究所事業部観測協力室で長年にわたり輸送、建築、発電、環境保全などの南極設営業務に携わる。秋田大学大学院鉱山学研究科修了。第19次隊から第53次隊まで、越冬隊に5回、夏隊に2回参加、第53次隊越冬隊長を務める。米国マクマード基地・南極点基地、オーストラリアのケーシー基地・マッコ-リー基地等で調査活動を行う。

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