南極さんぽ-Oh the places we can go!-#2

 林 由希恵

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林プロフィール

BROWN BLUFF(ブラウン・ブラフ)

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「鳥はどこにでもいるんだよ。陸海空どこにでも住むことができるし、食べ物のために地球を半周することもできる。でも、それは自由っていうわけではないんだよ。だから僕は鳥が好きなんだ。」―同じ船で働くフランス人の鳥類学者がそう言った。船がウシュアイアの港を出港してから、南アメリカ大陸と南極大陸の間にある荒波のドレイク海峡を2日間かけて横断し、南極半島にたどり着くまでに、彼はずっと双眼鏡を目に看板に立っている。

南極半島突端で卓上氷山を眺める
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巣立ってから成鳥になって繁殖期を迎えるまでの5年間をほぼ海の上で過ごすアルバトロス(アホウドリ)や、北極南極を渡る極アジサシたち、そして海中を飛ぶように泳ぐペンギン。南極海と南極は鳥類の王国である。2015年に野鳥観察のプロ、ノア・ストライカーが7大陸で365日6000種の野鳥観察記録を打ち立てたときのスタートは1月1日のここ南極大陸だった。数日後に、自由ではない、ってどういうこと?と聞いたら、彼は申し訳なさそうに肩をすくめながら「僕らと同じさ」とだけ言ってまた双眼鏡に目を戻した。その日の彼の視線の先にはペンギンたちがいた。繁殖期に上陸し、巣作りをしてメスを待ち、交代で卵を温める。トウゾクカモメからヒナを守り、捕食のためにはヒョウアザラシが待ち受ける海に飛び込み、ヒナに餌を運ぶ。群れを成して海に飛び込んでいくのは、少しでも自分だけが標的として狙われる可能性を減らすためだ。彼らは個人で、ペアで、グループで工夫して、努力して、協力し合って種の存続を達成させていく。
-理解しあえるのかもしれない、そう思った翌年にスワロフスキーの双眼鏡を買った。

人間観察をするアデリーペンギン
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茶色の断崖はアデリーペンギンの営巣地

小石で作った巣の上で卵を温めるアデリーペンギン
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南極半島の北端にある、赤茶色の火山岩と黒色の凝灰岩で形成されているブラウン・ブラフ(茶色の断崖)は東京スカイツリーより100mほど高く、そしてその断崖はスカイツリーから東京タワーまでの距離で横に続いています(高さ:約750m、幅:約11㎞)。氷河の白と赤茶色の断崖そして七色に輝く氷山のコントラストに目を奪われながら上陸地点に近づくと、その断崖の足元にあるわずかな海岸線にアデリーペンギンの営巣地が見えてきます。崩落した巨岩のすぐ横にゴマを散らしたように広がる営巣地はペンギンたちの鳴き声でにぎやかで、氷山を揺らして打ち寄せる波の音さえ聞こえなくなるほどです。およそ500個の小石を積み重ねて作った巣の上で、南極では真夏でも、雪がちらつき冷たく乾燥した風に吹かれながらじっと卵を抱く何百ものペンギンたちを見ることができます。

捕食の合間に海から上がってきたペンギンたち
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可愛いだけじゃない!ペンギンの身体に隠された凄い機能!!

海の鳥、ぺンギンの体は海中での暮らしに合うように作られています。ペンギンたちの陸上での愛らしいよちよち歩きも、泳ぐ際に水の抵抗をなくす流線形ボディに進化したためペンギンの足は体のだいぶ後ろのほうに位置しているためです。海で生きる者たちに多い黒白の保護色も、敵が上から見たら暗い海底に黒の背中、敵が下から見上げたら明るい海面に白い腹部が見えるようになっていますし、咥えたエサが逃げにくいようにペンギンの舌にはとげのようなものが無数についています。

私がいちばん驚いたのはペンギンの足のうらとかかとからアキレスの部分も黒いんです。泳いでるときに足裏とかかとのラインが上を向くからでしょう。「あっ!耳なし芳一(の反対)だ!」と思って笑ってしまったのを覚えています。

ペンギンの死骸、おそらく何年も前のもの
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砂漠気候で非常に乾燥しているうえに1年を通じて低温、しかもほとんど雪と氷におおわれている南極では腐敗が進まず、数年~数十年前の死骸でさえもさも新しく見えることがあります。おそらくヒョウアザラシに頭部を食いちぎられ、そのあとトウゾクカモメなどにきれいにつつかれた後のペンギンのなれの果ては見るに珍しいものではありません。生きてるペンギンたちを目の前に、その骨格を比べて、「ペンギンって、足長いじゃないか」などと逆に見入ってしまうことのほうが多い気がします。そのカラカラに乾いた生の尽きた後のカラダの横を通り過ぎて巣に急ぎ戻るペンギンの後ろ姿からは、ことさらに生きる力の強さを感じます。

アザラシにみる南極の自然と観光産業の共存

分厚い脂肪と毛皮に包まれたどっしりとした大きな体に丸っこい小さな顔と愛らしい大きな瞳をもつウェッデルアザラシは海岸沿いや、氷山の上で休んでいる様子を見かけることができます。主食はオキアミ、小魚、イカなどを食べるため、ヒョウアザラシに比べて口は小さく、おっとりとした性格であるといえるでしょう。

あくびをするウェッデルアザラシ
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距離をとって見守る私たちや、すぐそばをザクザクと歩いて通り過ぎるペンギンに目を覚ますことなく、ブフー!プスー!と呼吸をしながら眠るアザラシたちを見るたびに、ああこのまま警戒心を持たずに過ごせる自然環境と観光の共存ができていけばいいなと願わずにはいられません。私はそれを自分の責任ととらえて、現在と未来の南極の観光のあり方を見守る一人として関わっていくつもりでいます。

曇天にこそ映える白いアイドル

氷山の青に映える白、ユキドリ
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晴れてる日には見えなくて、曇天の日に映えるものとは? ―氷山や氷河の青、そして空を飛ぶユキドリの白です。 南極では灰色の薄暗い日のほうが青のグラデーションがきれいに見えます。カメラの露出(Exposure)機能と同じです。南極の天使、南極のアイドル、南極の平和の象徴、など多くの名前で呼ばれ愛されるユキドリは鳩ほどの大きさの真っ白な鳥で、卓上氷山や、大きな氷山、氷河、海氷が多くある場所を好んで飛び回ります。曇天の空、青い氷山の周りを自由に滑空するその真っ白な姿は、鳥に興味がある人じゃなくても強く惹きつけられる美しさがあります。

鳥と私たちは理解し合える?

南極の赤
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南極の沈みそうでなかなか沈まない夕陽のドラマティックな赤を浴びながら、鳥たちはこれを美しいと思うのかな?と考える。波打ち際でバシャバシャとはしゃぎ、波と追いかけっこをするペンギンのひなを見たことがある。昇る朝日の方向にくちばしを向けて光を顔にうける抱卵期のペンギンたちを見たことがある。卓上氷山の上を何回も何回も何回も旋回して回るセグロカモメを見つけたこともある。
きっとその美しさを見ている、きっと楽しさやおもしろさを感じている、と思う。鳥も私たちと同じなのだから。

執筆者紹介

林 由希恵

極地専門の探検船(観光・調査補助等)オペレーターであるQuark Expeditions社にて1年のうち南極5か月+北極5か月間に及ぶ期間を極地の専門ガイドとして両極で過ごしている。IAATO(国際南極ツアーオペレーター協会)やAECO(北極クルーズ旅行運営協会)の認定ガイドとして経験を積み、2019年にはPolar Tourism Guides Associationの日本人唯一のSenior Polar Guide(上級極地ガイド)に認定された。主な活動域は南極半島・亜南極の島々、北極4圏(ロシア、ノルウェー、グリーンランド、カナダ)。