三度目の南極へ 中山由美(朝日新聞社会部記者) 2019年7月26日、第61次南極地域観測隊の訓練に同行して瑞牆山に登頂 「もう二度と、この景色を見られないんだ」。飛び立つヘリコプターの窓から昭和基地を見下ろしながら、熱いものがこみ上げてきた――。1年2カ月暮らした南極を離れる瞬間、小さくなっていく基地の景色は、今も記憶に鮮明だ。2005年2月、私は45次隊で初めての越冬を終えた。 「最初で最
「北極圏を目指す冒険ウォーク」に挑戦して 西郷琢也(チームメンバー) きっかけは、私が働く大塚倉庫が昨年4月、北極冒険家の荻田泰永さんを招いて、社内で講演会を開いたことでした。講演で荻田さんは自身の経験などを語り、「来年は若者を連れて北極に行こうと思っている」と話しました。そのとき何かハッとするものを感じ、講演会が終わったタイミングで「連れて行ってください」というメッセージと、氏名、連絡先のみを記
南極点の先にあるもの 南極冒険家 阿部雅龍 南極点、ロボットaiboと一緒に 南極点へ向け、独り歩く。ソリが進まない。引くたびに100キロのソリが全て雪に潜る。こんな積雪の事例は聞いた事がない。一歩進む度にスキーが膝まで埋まる。南極で膝ラッセルなんて想定外だ。遅々としてペースは伸びない。このまま行くと食料が尽きる。自然の理不尽さに心から不条理を感じる。余裕で南極点まで着ける予定だった。そのプラン
極北の地、ティクシにて 神保美渚(北海道大学大学院獣医学院博士課程) ロシア連邦サハ共和国の首都ヤクーツクから小さなジェット機で飛び立ち、だだっ広い空港に降り立った。すぐに別室に通され、ミリタリー姿の係員にあれやこれやと質問される。「なにしに来たの?」「いつまでいるの?」「変なものもってない?」「ここに冬に来た日本人は初めてだよ!」 写真1.調査中の一枚。雪の反射がまぶしい。 2017年3月、私は
北極点への氷上基地「ボルネオ・アイスキャンプ」 冒険家 NIKI Hills総支配人 舟津圭三 北極の海氷に浮かぶ基地「ボルネオアイスキャンプ」=2018年4月、ビクトル・ボヤルスキーさん撮影 南極大陸を犬ぞりで横断したのは1989~90年。氷の大陸で、世界5カ国の冒険家たちと220日間を過ごしました。あれから30年近くたとうとしていますが、当時の仲間との絆は今も続いています。 その一人、ロシア人
「水先案内人」北極海へ~ピースボートクルーズ乗船記 朝日新聞社会部 中山 由美 カナダ東岸近くを航海中、出会った氷山=7月8日 朝5時過ぎの成田空港。タクシーを降りると、妙な静けさに心がざわめいた。出発2時間前の余裕の到着……のはずだが、誰もいない。扉も閉まっている。警察官が近寄ってきた。「まだ開いてませんよ。あちらの扉から入れるかも」と誘導してくれた。出発ロビーに入ったものの無人で、カウンター
南極点無補給単独徒歩到達に成功! ~次は北極点無補給単独徒歩到達に3度目の挑戦だ~ 北極冒険家 荻田 泰永 南極点に到達(2018年1月6日) 今年1月5日、私は南極大陸の海岸線から南極点までの、1126kmを50日かけての無補給単独徒歩到達に成功した。日本人初というわかりやすいタイトルもあり大きく報道されたが、南極に行く前からいまの自分にとって南極点無補給単独徒歩が成功することには何の疑いも持
減りゆくグリーンランド氷床の謎に迫る~国際共同掘削プロジェクトEGRIPを訪れて~ 朝日新聞社会部記者 中山 由美 グリーンランド北部の内陸に位置するEGRIPにて。後ろの黒い球体がメインドームだ。 白くまぶしく光る氷原に黒い球体がぽつんと立つ。グリーンランド南西のカンガルースアックから航空機で3時間弱、見下ろす白い世界に突如、奇妙な物体が現れた。国際プロジェクト「EGRIP」の氷床掘削サイトだ
社員一丸で挑む、新たな冒険の始まり DACグループ代表 石川 和則 セブンサミッツという言葉を聞いたことはあるだろうか。世界にある七大陸の最高峰を総称した呼び名だ。5年前、DACグループ創立50周年事業の1つとして「セブンサミッツプロジェクト」を立ち上げたが、社員のほとんどが耳馴染みのない言葉だったろう。しかし、今では社員の誰もが知り、当たり前に口にするワードとなった。 前回の記事でお伝えした通り
秘境探検から学んだこと DACグループ代表 石川 和則 私は100億円企業の広告会社を経営し、「冒険家」とも言われている。60歳を過ぎてから歩いて北極点、南極点に到達した。2014年には北米最高峰デナリにも登頂した。自身の挑戦だけではなく、経営しているDACグループ創立50周年記念事業として世界七大陸最高峰を社員たちがリレー方式で挑戦する「セブンサミッツプロジェクト」を提案した。今年1月には、第6